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大阪地方裁判所 昭和39年(行ウ)101号 判決

西宮市甲子園四番町七の三一

原告

望月重規

右訴訟代理人弁護士

長山亨

児玉憲夫

大錦義昭

大阪市西淀川区野里西三丁目二三

被告

西淀川税務署長

北川新次郎

大阪市東区大手前之町一

被告

大阪国税局長

山内宏

右両名訴訟代理人弁護士

井野口有市

右両名指定代理人

金原義憲

黒川昇

岡崎成胤

被告署長指定代理人

丸明義

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告西淀川税務署長が昭和三八年一一月二一日付でした、原告の昭和三七年分所得税の総所得金額を金一、二二二、九五四円とする更正処分のうち、金四四五、七〇二円を超える部分を取消す。

2  被告大阪国税局長が原告に対し昭和三九年九月五日付でした、右更正処分についての審査請求を棄却した裁決を取消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は鋼材販売を業としている者であるが、昭和三七年分所得税につき、総所得金額を金四四五、七〇二円とする確定申告をしたところ、被告署長は昭和三八年一一月二一日付で、右総所得金額を金一、二二二、九五四円とする更生処分をした。原告はこれを不服として、被告署長に対し異議申立をしたが棄却されたので、昭和三九年二月二六日、被告局長に対し審査請求をしたところ、同年九月五日棄却された。

2  原告の昭和三七年分所得税の総所得金額は、確定申告のとおりであるから、本件更正処分には、原告の所得を過大に認定した違法がある。

3  又、本件裁決には次のような手続上の違法がある。

(一) 被告局長は、原告の要求にかかわらず、被告署長に弁明書の提出を求めなかつた。これは、行政不服審査法二二条に違反する。

(二) 被告局長は、原告が本件更正処分の理由となつた事実を証する書類の閲覧を請求したのに対し、本件更正決議書(写)、加算税決定決議書(写)、異議申立書、同決議書(写)、確定申告書、課税台帳(写)の六通の閲覧を許可しただけであり、これらは、本件更正処分の理由となつた事実を証明するものではないから、実質的に閲覧を拒否したことになる。これは同法三三条二項に違反する。

二  請求原因に対する被告らの答弁

1  請求原因1の事実を認め、同2の主張を争う。同3のうち、被告局長が原告の要求にかかわらず、被告署長に弁明書の提出を求めなかつたこと、原告の書類閲覧請求に対し、原告主張の六通の書類につき閲覧を許可しただけであることを認めるが、これらが違法であるとの主張を争う。

三  被告らの主張

(被告署長)

原告の昭和三七年分の総所得金額は別表のとおり金一、二二七、四一八円となるから、この範囲内でなされた本件更正処分に違法はない。

なお別表番号〈2〉のaの売上原価一三、五四二、九六六円は千代田金属株式会社外二九店からの仕入額合計一〇、四〇六、八四四円と現金仕入額合計三、一三六、一二二円とを合算したものである。

原告は売上原価としてこの外に、金田商店、相川商店からの仕入額および昭和三七年一〇月五日の現金仕入額を主張するがいずれも否認する。

(被告局長)

1 処分取消請求の訴と処分を維持した裁決の取消請求の訴とが併合提起されている場合において、処分に違法がないときは、かりに不服審査の手続に違法があつても、裁決を取消すことはできない。けだし、かりに裁決を取消しても、審査庁としては原処分を取消す余地がなく、再び原処分を維持した裁決をする外はないからである。本件においても本件更正処分に違法はないから、原告には本件裁決の取消を求める法律上の利益がない。

2 被告局長は、本件審査請求の審理にあたり、原処分庁たる被告署長に対して弁明書の提出を求めていない。しかし行政不服審査の手続において、審査庁が行政不服審査法二二条により処分庁に対し弁明書の提出を求めるか否かは、審査庁の自由、裁量に属する事項であり、本件審査手続において、被告局長が弁明書の提出を求めなかつたことについては、裁量権の範囲の逸脱ないし裁量権の濫用となるような事情は存在しない。

3 被告局長が原告に閲覧を許可した書類以外の書類は被告署長から送付されていなかつた。審査請求人は審査庁に対して、未提出書類の提出方を処分庁に求むべきことまでも請求しうるものではないから、書類閲覧に関しても何ら違法はない。

四  被告署長の主張に対する原告の答弁

別表の番号〈1〉および〈2〉のb、c、d、e、f、gの各金額を認め、〈2〉のaの金額を争う。

売上原価については、右〈2〉のaの金額の外に、なお次の仕入額があるから、これらを加算すべきである。

(一)  金田商店からの仕入額 一〇〇、〇〇〇円

(二)  相川商店からの仕入額 三七三、〇八五円

(三)  昭和三七年一〇月五日の現金仕入額

(品名H四中、数量五・七、単価一〇〇〇円)

五、七〇〇円

これは現金仕入帳(乙第四号証の一)の同日欄記入頁の下半分を次頁に転記する際に誤つて書き落したものである。被告署長主張の現金仕入額合計金三、一三六、一二二円にはこれが算入されていないから、これを加えるべきである。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第三号証、第四号証の一ないし四、第五ないし第七号証の各一ないし三、第八号証、第九号証の一、二、第一〇号証、第一一号証の一ないし四、第一二号証、第一三号証の一ないし六、第一四号証を提出。

2  原告本人尋問の結果を援用。

3  乙第一号証の一ないし三につき赤書部分の成立は不知、その余の部分の成立を認める。第二、第三号証につき、官公署作成部分の成立を認め、その余の部分の成立は不知。第四号証の一、二につき、赤書部分および鉛筆書部分の成立は不知、その余の部分の成立を認める。第五号証は真正に作成されたものである。第六、第七号証の成立を認める。第八号証の成立は不知。

二  被告

1  乙第一号証の一ないし三、第二、第三号証、第四号証の一、二、第五ないし第八号証を提出(ただし第五号証は、仮空名義のものとして提出)。

2  証人西村弘毅、同片岡英明、同渡辺海夫、同黒川曻の各証言を援用。

3  甲第一四号証の成立を否認する。第一三号証の六を除くその余の甲号各証の成立を認める(第一三号証の六の認否未了)

理由

一  請求原因1の事実(本件更正処分、裁決の存在)は当事者間に争いがない。

二  本件更正処分の適否について

1  被告署長の主張中別表の番号〈1〉および〈2〉のb、c、d、e、f、gの各金額については当事者間に争いがない。

2  原告は、売上原価につき、被告署長主張の別表番号〈2〉のaの金額の外になお仕入額があると主張するので検討する。

(一)  金田商店からの仕入額一〇〇、〇〇〇円について

原告が右仕入額の証拠として提出した甲第一四号証(領収証)(乙第五号証と同一書面)には、日付が昭和三七年一二月一〇日、金額が一〇〇、〇〇〇円、その作成者として、「大阪市西淀川区大和町二八五金田商店」と記載され、その名下に指印が押捺してある。しかしながら成立に争いのない乙第六、第七号証と証人渡辺海夫の証言によれば、西淀川区に大和町という町名は存在しないこと、昭和三六年一〇月三一日の町名変更前においては、右町名と近似する旧西淀川区大和田町二八五番地には、町名変更の前後を通じて、金田商店なるものが存在したことはないこと、町名変更後は、大和田町二八五番地という番地は存在しないこと、以上の事実が認められる。又、原告は、原告本人尋問において、金田商店からは、ダイス鋼を仕入れたものであり、取引はこの時が最初にして最後であるが、取引以外の面での接触は若干あつたと述べておりながら、その住所を具体的に明らかにしえない。そうすると果して金田商店なるものが実在したかどうかの点について疑問を抱かざるをえず、したがつて又、金田商店からの仕入の有無についても、原告の主張に副う右各証拠だけから直ちにこれを積極に認定することに躊躇せざるをえない。他に原告の右主張を認めるに足りる証拠は存在しない。

(二)  相川商店からの仕入額三七三、〇八五円について

原告のこの点の主張に副う証拠としては、原告本人尋問の結果のみであり、本訴において、これを裏づける納品書、請求書、領収書等が証拠として提出されておらず、原告の主張の正確性について心証を得ることができないから、原告本人尋問の結果のみからこれを肯認することはできない。

(三)  昭和三七年一〇月五日の現金仕入額五、七〇〇円について

証人渡辺海夫の証言によつて赤書部分および鉛筆書部分につき渡辺海夫が作成したと認められ、その余の部分の成立につき争いのない乙第四号証の一(原告の昭和三七年分の現金仕入帳)の二枚目の九月七日以降の部分が×印によつて抹消されているが、原告本人尋問の結果によれば、右部分は原告において抹消し、同証の三枚目に書き直したことが認められる。そこで右抹消部分と同証の三枚目を対照すると、抹消部分の一〇月五日、仕入金額五、七〇〇円の欄だけが、同証の三枚目に転記されておらず、他の欄はすべて転記されていることが明らかである。そして被告署長が主張する現金仕入額合計三、一三六、一二二円は、右金五、七〇〇円を除外して右乙第四号証の一と同号証の二(同じく原告の昭和三七年分の現金仕入帳であるが、手形仮決済分が記載されている。成立については、第四号証の一と同じ)の各金額を集計したものであるが、原告は、右金五、七〇〇円は、乙第四号証の一の三枚目に転記すべきものを誤つて書き落したものであるから、これを被告署長主張の現金仕入額に加算すべきであると主張する。しかしながら、右抹消部分の一〇月五日の支払金額欄に支払を表わす記載がなく、又原告は、原告本人尋問において、この点および転記もれの点について何ら説明するところがないから、右金五、七〇〇円の仕入の記載は誤記かあるいは値引ないし返品がなされたため、転記されなかつたと認めるのが相当である。

したがつて、原告が主張する右各仕入額はいずれもこれを認め難く、売上原価は被告署長主張額のとおりとなる。

3  以上によれば、原告の昭和三七年分の総所得金額は、別表の被告署長主張額のとおり金一、二二七、四一八円となるから、この範囲内でなされた本件更正処分に違法はない。

三  本件裁決の適否について

1  訴の利益について

被告局長は、処分取消請求が棄却されるべきときは、裁決取消を求める利益がないと主張するが、処分取消請求棄却の判決には関係行政庁に対する拘束力はなく、又それは当該処分による法律関係自体を確定するものでもないから、裁決に固有の瑕疵があつて裁決が取消され、審査庁があらためて裁決をする場合に、原処分を取消しあるいは変更することが(実際上は稀であるとしても)全くないとはいいきれない。したがつて、処分取消請求は理由がないときでも、なお裁決の取消を求める訴の利益を否定することはできないと解すべきである。

2  弁明書について

被告局長が被告署長に対し弁明書の提出を求めなかつたことは、被告局長の自認するところである。しかし審査手続に関して現行の国税通則法九三条のような規定のなかつた本件裁決当時においては、審査庁が処分庁に対し行政不服審査法二二条により弁明書の提出を求めるか否かは、審査庁の裁量に委ねられていたと解すべきであり、本件において被告局長が弁明書の提出を求めなかつたことが、裁量権の範囲の逸脱ないし裁量権の濫用であると認むべき何らの事由も認めることができない。

3  書類閲覧請求について

被告局長が原告の書類閲覧請求に対し、原告主張の六通の書類につき閲覧を許可しただけであることは当事者間に争いがない。しかし公文書として真正に成立したと認められる乙第八号証によれば、それ以外に原処分庁から提出された書類はなかつたことが明らかであり、被告局長としては、原処分庁に不提出書類の提出を要求して原告に閲覧させるべき義務もないから、この点に関しても何ら違法はない。

四  以上説示したように、本件更正処分および裁決はすべて適法であり、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がない。よつて原告の本訴請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 藤井正雄 裁判官 石井彦壽)

別表

〈省略〉

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